打ち建てられたもので、少くも私の信ずる処では、直ちに万葉でいへばその初期即ち奈良朝以前の健全な調べに亜ぐものと思つてゐる。この歌の如きは勿論近年の円熟した高雅な調べから見れば大したものではないが晶子さん以前には誰も示し得なかつた「張り」を示してゐる。

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田楽の笛ひゆうと鳴り深山《しんざん》に獅子の入るなる夕月夜かな
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 大正十四年九月津軽板柳の大農松山銕次郎氏の宅で同地の獅子舞を見て作られた歌の一つで蓋し傑作と称すべき作の一つである。柳の枝で深山をかたどり、そこへ紫の獅子が舞ひ込むのださうで、 深山は柳の枝にかたどられ舞ひぞ入り来る紫の獅子 とあるのでそれが分るのであるが、田楽の笛ひゆうと鳴りとは何といふすばらしい表現であらう、まるで歌その者が夕月の下獅子になつて動き出す感じだ。前の歌で「調べ」のことを高調したが、古くは人麻呂か赤人でなければこれだけの高さには歌へない。近年では寛先生の霧島の歌にその比を見る。

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貧しさをよき言葉もて云はんとす行者の浴ぶる水ならんこれ
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 私が今嘗めて居る貧しさはどんなものですか、それを一つ感じのよい言葉で云つて見ませう、寒中行者が浴びる水の様なものです。行者が冷い水を浴びることを苦にしない様に私は貧しいことなどを苦にしない。進んで冷いとも思はず頭から何杯でも引き被つて之に堪へ、行者が六根の清浄を得るやうに私は自己を磨くのである。こんな風にも解せられるが、果して当つてゐるか如何か少し心許ない。

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湖の鱒の産屋の木の槽に流れ入るなる秋の水音
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 十和田湖の有名な和井内姫鱒孵化場の光景である。あの清冷氷の様な十和田湖の水のとうとうと流れ込む水音が泉の涌く様に聞こえる。

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われ昔長者の子をば羨みぬけふ労ふもその病のみ
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 私は子供の時長者の子を羨んだことがあるが、けふ労つてゐるのも同じ貧といふ八百八病の外の病である。作者の中年迄の貧苦は相当ひどいもので色々貧の歌のある理由である。

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冬も来て青き蟷螂きりぎりす炉をめぐりなばをかしからまし
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 斯ういふ歌は目前の小景の写生などより一般読者には余程難
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