の歌は調子もよくそつもなくこの時代の作としてはよく出来て居て、円熟した後年の風が既に見えてゐる。
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川ならぬ時の流れの氷れかし斯くの如くに踏みて行かまし
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これは昭和二年の正月函根の小涌谷の三河屋に滞在中、強羅へ出掛けたことがあつたが、その途で早雲山から流れ落ちる山川の氷つてゐた上を渉つて行つた、その時の歌である。形なきものに形を与へ、目に見えぬものを目に見えるものにすることが芸術家、詩人の仕事である。然らば時の流れを川の流れに変へさせること位は詩人の茶飯事であらうが、人から見れば面白い感想である。
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後より来しとも前にありしとも知らぬ不思議の衰へに逢ふ
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三十を越えると自分にも漸く衰へが見えて来たが、しかしよく案ずると不思議なものだ。衰へといふものが前途にゐて私の来るのを待つて居た様にも思へるし、若い時色々心を苦しめ身を悩ましたその為に衰へたのであらうから、私のあとから私について来たものの様にも思へる、不思議なものにいよいよ出会つてしまつた。これは遂に男の感じない感じでもあるしこの歌のよしあしは私には分らない。
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蜩の声に混じりて降る雨の涼しき秋の夕まぐれかな
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西行にあつて欲しい歌であり、伏見院にあつて欲しい歌であり、その使つてある文字一つとして珍しいものはない。それにも拘らずやはり晶子以前には誰もこれほどの組み合せを作つてゐない。言葉のコンビネエシヨンの如何に微妙で又摩訶不可思議なものであるかが分る。
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紫と寒き鼠の色を著て身をへりくだり老いぬなど云ふ
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紫は作者の最も好む色彩でこれだけは放さないが、三十を越えたしるしにとわざと寒さうな鼠色の下著を重ねて、年をとりましたからと謙遜して見る、それも興なしとはしない。これは恐らく実景であつたことだらう。
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我昔前座が原の草に寝て忘るゝ術を知らざりしかな
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これは昭和二年八月那須での作。もし前座が原が那須山上の高原の名でもあるなら、若い頃一度那須へ来た事がある様に思はれるが、その証跡歌などには残つてゐない。意は、私は昔ここへ来て草の上に横になつて心の悩みを忘れよ
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