近代人の複雑な感覚に働きかけることは出来ない。そこで日本の抒情詩に複式近代性を与へようと意識的に挺身したのが晶子さんであつた。さうして幾首かの傑作、幾十首かの秀作を残した。中に意味の取りにくい晦渋な難物の混じつてゐるのもその為である。惜しいことに之を次ぐものがない。これからの若い人に期待される。

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美くしき秋の木の葉の心地して島の浮べる伊予の海かな
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 私も幾囘か美しい島の浮んでゐるあの辺を船路で通つたことがあるが、これ程の歌は遂に作れなかつた。これはしかし陸地から見た感じで、洵にたわいない様なものだが、精選された快感が風の様に吹いてゐる。

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いと熱き火の迦具土の言葉とも知らずほのかに心染めてき
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 今思へば、母の胎をさへ焼いたといふ赤熱した雷火のやうな言葉だつたのを、さうとも知らず、やさしいことを言ふものだと思つてなつかしい心持さへ起したが、未熟な少女心とは云へ見当違ひもひどかつた、と生成した心は思ふのである。

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伊予路より秋の夕暮踏みに来ぬ阿波の吉野の川上の橋
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 これは形の上では単なる報告である。報告が詩になる為にはそれぞれの条件が備はらねばなるまい。この場合にはそれは何であらうか。作者はこの日伊予と阿波との国境を目指して車を駆つた。そんな経験はめつたにないことである。之が一つ。その国境は四国第一の大河吉野川が源を発して南向する地点である。之が一つ。しかもその谿流には橋がかかつてゐて、それを渡れば現に阿波の国である。之が一つ。時は何物をも美化しなければやまない、[#「、」は底本では欠落]しかも淋しい感じも伴ふ秋の夕暮である。之が一つ。作者はその橋桁の上を現に踏んでゐる。この時こんなことの出来るのは日本人中唯数人に過ぎない。之が一つ。以上の条件が具つて初めて詩になつたわけである。仇やおろそかには出来ない。

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毒草と教へ給へど我が死なぬ間は未だそのあかしなし
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 無論象徴詩である。そんな考へは美しいがいけないことで身を亡ぼす基であると、世の賢人達は教へて下さるが、私は承服出来ない、私の死なない間はさういふ証拠はありません。思想の代りに感情を持つて来て賢人の代りに平凡な
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