残りの書物を詰めて、それから間もなく東京へ出て来た。僕を置いてくれた、その家は、ガラスと板だけで出来ている奇妙な家屋だが、その二階の二・五米四方の一室に寝起するようになった。僕はその板敷の上で目が覚めるたびに、何か空漠とした天界から小さな箱のなかに振り落されている自分を見出す。僕のいる小さな箱のなかには、焼残ったわずかばかりの品物と僕のほかには何にもない。……何にもない、僕はもう過去を持っていない人間なのだろうか。眼が昏むほどお腹が空いて、板敷の上に横わっていると、すりガラス越しに箱の外の空気が僕の瞼の上に感じられる。窓の下のすぐ隣りの家には、ささやかな庭があって、萌えだしたばかりの若葉が縁側の白い障子に映っている。あそこには、とにかく、あのような生活があるのだ。僕が飢えて、じりじり痩せ衰えてゆくとしても、僕にはまだ夢のようなことを考えることができそうだ。夢は、この夢はどこから投影してくるのだろうか。メリメリと壊れそうなガラス窓に映っている緑色の光……あの光はお前なのか、それとも僕なのだろうか。
ある日、僕は何かに弾きだされたように、千葉の方へ出掛けて行った。あの家が残っているかどう
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