る僕にも何かを遠くへ探求させようとするのだった。あばら屋の二階には、たまたま兄が疎開させていた百科辞典があった。それを開いてみると、花の挿絵のところが目に触れた。すると、これらの花々は過ぎ去った日の還らぬことどもを髣髴と眼の前に漾わす。僕はあの土地へ、嘗てそれらの花々が咲き誇っていた場所へ行ってみたくなった。魅せられたように僕はその花の一つ一つに眺め入った。
 しゃか。カーネーション。かのこゆり。てっぽうゆり。おだまき。らん。シネラリヤ。パンジー。きんぎょそう。アマリリス。はなびしそう。カンナ。せきちく。ベチュニア。しゃくやく。すずらん。ダリア。きく。コスモス。しょうぶ。とりとこ。グロキシニア。ゆきわりそう。さくらそう。シクラメン。つきみそう。おいらんそう。福寿草。ききょう。ひめひまわり。ぼけ。うつぼかずら。やまふじ。ふじ。ぼたん。あじさい。ふよう。ばら。ゼラニューム。さざんか。つばき。しでこぶし。もくれん。さつき。のばら。ライラック。さくら。ざくろ。しゃくなげ。まんりょう。サボテン。……僕はノートに花の名を書込んだままだった。

 僕は小さな箱のなかにいる。僕は石油箱に夢のノートや焼
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