行く馬鹿があるか」と長兄は彼を顧みて云ふ。何のことか彼にはよく分らなかつたが、「ははん」といふ嘲笑が耳許でききとれた。
 大森の知人から「宿が見つかるまでなら置いてやつてもいい」といふ返事をもらふと、彼は必死になつて上京の準備をした。転入禁止も封鎖も大変な障碍物だつた。それをどう乗越えていいのか、てんで成算もなかつたが、唯めくら滅法に現在ゐる処から脱出しようとした。
「荷造なんか、あんた自分でおやんなさい」村の運送屋は冷然と彼の嘆願を拒まうとした。
「荷を預つておいても集団強盗が来るから駄目ですよ。持つて帰つて下さい」駅の運送屋は漸くの思ひで運んで来た荷を突返さうとした。
 広島発東京行の列車なら席があるだらうと思つて、彼がその朝、広島駅のホームで緊張しながら待つてゐると、その列車は急に大竹からの復員列車になつてゐた。どの昇降口の扉も固く鎖ざされ、乗るものを拒まうとしてゐた。彼は夢中で走り廻り、漸く昇降口の一隅に身を滑り込ますことが出来た。滅茶苦茶の汽車だつたが、横浜で省線に乗替へると、彼は窓の外を珍しげに眺めてゐた。焼けてゐるとはいつても、広島の荒廃とはちがつてゐるのだつた。

 東
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