するつもりなのだ」
「近いうち東京へ出たいと思つてゐる」
 彼は兄の追求を避けるやうに、かう口籠るのであつた。「いつまであそこへ迷惑かけてゐるつもりなのですか。もう大概何とかなさつたらいいでせうね」――彼と一緒に次兄の家で一時厄介になつてゐた寡婦の妹からこんな手紙が来た。……
「誠がよくやつてくれるのよ、お母さんが愚痴云ふと躍気になつて、それはそれは何でもかでも引受けたやうな口振りで、一生懸命やつてくれるよ」
 川口町の姉は彼の顔を見ると、息子のことを話しだした。父親と死別れたこの中学二年生の少年は急に物腰も大人じみてゐたが、いつの間にか物資の穴とルートを探り当てて、それを巧みに回転さすのだつた。さうして得た金では屋根を修繕させたり、鱈腹飯を食べたり、闇煙草を吸ふのであつた。彼は殆ど驚嘆に近い気持で、十六歳の甥を眺めた。かうした少年は、しかし、今いたるところの廃墟の上で育つてゐるのかもしれなかつた。
 彼が漫然と上京の計画をしてゐると、モラトリウムの発表があつた。一体どういふことになるのか見とほしもつかないので、廿日市の長兄の許へ行つてみた。「君のやうに政府の打つ手を後から後から拝んで
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