で振向いた。それからミシンのところを離れると、
「とつと、とつと、と働くのでさあ。だが、まあ今日はお正月だから少し休みませう」と笑ひながら、火鉢の前に坐つた。
「兄さんたちは、それはそれはみんな大奮闘でしたよ。とつと、とつと、と働いて、あんなふうにバラツク建てたのです」
 姉はそんなことを喋りだした。それは以前、彼に、「どうするつもりなの、うかうかしてゐる場合ではないよ」と忠告した調子と似てゐた。……彼が東京で、まだ落着く所も定まらず、ふらふらと途方に暮れてゐるうちに、兄たちは、とにかく、その家族まで容れることのできる家を建てたのであつた。
 彼は長兄の家に二三日滞在してゐた。八畳、六畳、三畳、台所、風呂場――これだけのこぢんまりした家だつたが、以前近所にゐた人が訪ねて来ると、嫂は、
「とにかく便利にできてゐて、落着けさうですよ」と云つてゐた。この家にくらべれば焼ける前の家はまるで御殿のやうであつたが、その家を「こんな、だだつ広い家では掃除に日が暮れてどうにもならない」と嫂はよく苦情云つてゐたのだ。嫂の顔は何となく重荷をおろしたやうな表情で、それは彼に母が亡くなつた頃の顔を連想させた。
前へ 次へ
全28ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング