つた。長い悪い天気が漸く恢復すると、秋晴の日が訪れた。稲の穂が揺れ、村祭の太鼓の音が響いた。堤の路を村の人達は夢中で輿を担ぎ廻つたが、空腹の私達は茫然と見送るのであつた。ある朝、舟入川口町の義兄が死んだと通知があつた。
私と次兄は顔を見あはせ、葬式へ出掛けてゆく支度をした。電車駅までの一里あまりの路を川に添つて二人はすたすた歩いて行つた。とうとう亡くなつたか、と、やはり感慨に打たれないではゐられなかつた。
私がこの春帰郷して義兄の事務所を訪れた時のことがまづ目さきに浮んだ。彼は古びたオーバーを着込んで、「寒い、寒い」と顫へながら、生木の燻る火鉢に獅噛みついてゐた。言葉も態度もひどく弱々しくなつてゐて、滅きり老い込んでゐた。それから間もなく寝つくやうになつたのだ。医師の診断では肺を犯されてゐるといふことであつたが、彼の以前を知つてゐる人にはとても信じられないことではあつた。ある日、私が見舞に行くと、急に白髪の増えた頭を持あげ、いろんなことを喋つた。彼はもうこの戦争が惨敗に近づいてゐることを予想し、国民は軍部に欺かれてゐたのだと微かに悲憤の声を洩らすのであつた。そんな言葉をこの人の口か
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