すのであった。……ふと、昼間の光景が睡《ね》つけない闇《やみ》の中に描かれた。階段を昇って、ザラザラの廊下を行くと、黄色く汚れた窓の中に少年たちのいきれが立こもっていた。そっと、教室の後の方の入口から這入って行ったのに、忽《たちま》ち四十あまりの顔と眼鼻が一斉に振返って彼の方へ注がれた。その視線のなかには、火のように嶮《けわ》しいものも混っていた。彼はかすかに青ざめてゆく自分を意識した。睡つけない闇のなかには、いつまでも何かはっきりしないものの像が揺れかえっていた。彼|等《ら》はどうした貌《かお》なのだろう、なにを感じなにに為《な》ろうとする姿なのだろう。

 それはひどい雪の降っている朝のことだった。彼は電車の中で昂然《こうぜん》とした姿勢の軍人の顔をつくづく眺めていた。人々は強いて昂然としているらしかったが、雪に鎖《とざ》された窓の外の景色は、混濁した海を控えていて、ひそかに暗い愁《うれい》を湛《たた》えているのだった。道すがら雪は容赦なく靴のやぶれから彼の足にしみていたが、泥濘《でいねい》の中をリヤカーで病人を運んで来る百姓の姿も――更に悲惨な日の前触のように、彼の心を衝《つ》く
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