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〈ゆるいゆるい声〉
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……僕はあのときパツと剥ぎとられたと思つた。それからのこのこと外へ出て行つたが、剥ぎとられた後がザワザワ揺れてゐた。いろんな部分から火や血や人間の屍が噴き出てゐて、僕をびつくりさせたが、僕は剥ぎとられたほかの部分から何か爽やかなものや新しい芽が吹き出しさうな気がした。僕は医やされさうな気がした。僕は僕のなかに開かれたものを持つて生きて行けさうだつた。それで僕はそこを離れると遠い他国へ出かけて行つた。ところが僕を見る他国の人間の眼は僕のなかに生き残りの人間しか見てくれなかつた。まるで僕は地獄から脱走した男だつたのだらうか。人は僕のなかに死にわめく人間の姿をしか見てくれなかつた。「生き残り、生き残り」と人々は僕のことを罵つた。まるで何かわるい病気を背負つてゐるものを見るやうな眼つきで。このことにばかり興味をもつて見られる男でしかないかのやうに。それから僕の窮乏は底をついて行つた。他国の掟はきびしすぎた。不幸な人間に爽やかな予感は許されないのだらうか……。だが、僕のなかの爽やかな予感はどうなつたのか。僕はそれが無性に
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