絶壁を這ひのぼらうとする。わたしは絶壁の硬い底の窪みの方にくつついてゐた。そこにをれば大丈夫だとおもつた。が、人間の渦の騒ぎはわたしの方へ拡つてしまつた。わたしは押されて押し潰されさうになつた。わたしはガクガク動いてゆくものに押されて歩いた。後から後からわたしを小衝いてくるもの、ギシギシギシギシ動いてゆくものに押されて歩いてゐるうち、わたしの硬かつた足のうらがふはふはと柔かくなつてゐた。わたしはふはふは歩いて行くうちに、ふと気がつくと沙漠のやうなところに来てゐた。いたるところに水溜りがあつた。水溜りは夕方の空の血のやうな雲を映して燃えてゐた。やつぱし地球は割れてしまつてゐるのがわかる。水溜りは焼け残つた樹木の歯車のやうな影を映して怒つてゐた。大きな大きな蝙蝠が悲しげに鳴叫んだ。わたしもだんだん悲しくなつた。わたしはだんだん透きとほつて来るやうな気がした。透きとほつてゆくやうな気がするのだけれど、足もとも眼の前も心細く薄暗くなつてゆく。どうも、わたしはもう還つてゆくところを失つた人間らしかつた。わたしは水溜りのほとりに蹲つてしまつた。両方の掌で頬をだきしめると、やがて頭をたれて、ひとり静
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