景が展望されたが、ぺちやんこにされた廃墟の静けさのなかから、ふと向うから何かわけのわからぬものが叫びだすと、つづいてまた何かわけのわからないものが泣きわめきながら僕の頬へ押しよせて来た。あのわけのわからないものたちは僕を僕を僕のなかでぐるぐると廻転さす。
 僕は僕のなかでぐるぐる探し廻る。さうすると、いろんな時のいろんな人間の顔が見えて来る。僕にむかつて微笑みかけてくれる顔、僕をちよつと眺める顔、僕に無関心の顔、厚意ある顔、敵意を持つ顔、……だが、それらの顔はすべて僕のなかに日蔭や日向のある、とにかく調和ある静かな田園風景となつてゐる。僕はとにかく、いろんなものと、いろんな糸で結びつけられてゐる。僕はとにかく安定した世界にゐるのだ。
 ジーンと鋭い耳を刺すやうな響がする。僕のゐる世界は引裂かれてゆく。それらはない、それらはない! と僕は叫びつづける。それらはみんな飛散つてゆく。破片の速度だけが僕の眼の前にある。それらはない! それらはない! 僕は叫びつづける。……と、僕を地上に結びつけてゐた糸がプツリと切れる。こんどは僕が破片になつて飛散つてゆく。くらくらとする断崖、感動の底にある谷間
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