とめられてゐる時なのだらうか。だが、僕は昔から、殆どもの心ついたばかりの頃から、揺すぶられ、鞭打たれ、燃え上り、塞きとめられてゐたやうな記憶がする。僕は突抜けてゆきたくなるのだ。僕は廃墟の方をうろうろ歩く。僕の顔は何かわからぬものを嚇と内側に叩きつけてゐる顔になつてゐる。人間の眼はどぎつく空間を撲りつける眼になつてゐる。のぞみのない人間と人間の反射が、ますますその眼つきを荒つぽくさせてゐるのだらうか。めらめらの火や、噴きあげる血や、捩がれた腕や、死狂ふ唇や、糜爛の死体や、それらはあつた、それらはあつた、人々の眼のなかにまだ消え失せてはゐなかつた。鉄筋の残骸や崩れ墜ちた煉瓦や無数の破片や焼け残つて天を引裂かうとする樹木は僕のすぐ眼の前にあつた。世界は割れてゐた。割れてゐた、恐しく割れてゐた。だが、僕は探してゐたのだ。何かはつきりしないものを探してゐた。どこか遠くにあつて、かすかに僕を慰めてゐたやうなもの、何だかわからないとらへどころのないもの、消えてしまつて記憶の内側にしかないもの、しかし空間から再びふと浮び出しさうなもの、記憶の内側にさへないが、嘗てたしかにあつたとおもへるもの、僕はぼ
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