ていない。僕は眼鏡と聴音器の連結された奇妙なマスクを頭から被《かぶ》せられる。彼は函の側《そば》にあるスイッチを静かに捻《ひね》る。……突然、原爆直前の広島市の全景が見えて来た。
……突然、すべてが実際の現象として僕に迫って来た。これはもう函の中に存在する出来事ではなさそうだった。僕は青ざめる。飛行機はもう来ていた。見えている。雲のなかにかすかな爆音がする。僕は僕を探《さが》す。僕はいた。僕はあの家のあそこに……。あのときと同じように僕はいた。僕の眼は街の中の、屋根の下の、路の上の、あらゆる人々の、あの時の位置をことごとく走り廻る。僕は叫ぶ。(厭《いや》らしい装置だ。あらゆる空間的角度からあらゆる空間現象を透視し、あらゆる時間的速度であらゆる時間的進行を展開さす呪《のろ》うべき装置だ。恥ずべき詭計《きけい》だ。何のために、何のために、僕にあれをもう一度叩きつけようとするのだ!)
僕は叫ぶ。僕の眼に広島上空に閃《ひらめく》く光が見える。光はゆるゆると夢のように悠然《ゆうぜん》と伸び拡《ひろが》る。あッと思うと光はさッと速度を増している。が、再び瞬間が細分割されるように光はゆるゆるとた
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