後はいろいろのことが前後左右縦横に入乱れて襲って来た。わたしは苦しかった。わたしは悶《もだ》えた。
地球の裂け目が見えて来た。それは紅海と印度洋《インドよう》の水が結び衝突し渦巻いている海底だった。ギシギシと海底が割れてゆくのに、陸地の方では何にも知らない。世界はひっそり静まっていた。ヒマラヤ山のお花畑に青い花が月光を吸っていた。そんなに地球は静かだったが、海底の渦はキリキリ舞った。大変なことになる大変なことになったとわたしは叫んだ。わたしの額のなかにギシギシと厭《いや》な音がきこえた。わたしは鋏《はさみ》だけでも持って逃げようかとおもった。わたしは予感で張裂けそうだ。それから地球は割れてしまった。濛々《もうもう》と煙が立騰《たちのぼ》るばかりで、わたしのまわりはひっそりとしていた。煙の隙間《すきま》に見えて来た空間は鏡のように静かだった。と何か遠くからザワザワと潮騒《しおさい》のようなものが押しよせてくる。騒ぎはだんだん近づいて来た。と目の前にわたしは無数の人間の渦を見た。忽《たちま》ち渦の両側に絶壁がそそり立った。すると青空は無限の彼方《かなた》にあった。「世なおしだ! 世なおし
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