く。伯母の云ってくれることなら、伯母の言葉ならみんな僕にとって懐しいのだ。僕は伯母の顔の向側に母をみつけようとしているのかしら。だが、死んだ母の向側には何があるのか。向側よ、向側よ、……ふと何かが僕のなかで鳴りひびきだす。僕は軽くなる。僕は柔かにふくれあがる。涙もろくなる。嘆きやすくなる。嘆き? 今まで知らなかったとても美しい嘆きのようなものが僕を抱き締める。それから何も彼《か》もが美しく見えてくる。嘆き? 靄《もや》にふえる廃墟まで美しく嘆く。あ、あれは死んだ人たちの嘆きと僕たちの嘆きがひびきあうからだろうか。嘆き? 嘆き? 僕の人生でたった一つ美しかったのは嘆きなのだろうか? わからない、僕は若いのだ。僕の人生はまだ始ったばかりなのだ。僕はもっと探してみたい。嘆き? 人生でたった一つ美しいのは嘆きなのだろうか。
それから僕は彷徨《さまよ》って行った。僕はやっぱし何かを探しているのだ。僕が死んだ母のことを知ってしまったことは僕の父に知られてしまった。それから間もなく僕は東京へやられた。それから僕は東京を彷徨って行った。東京は僕を彷徨わせて行った。(僕のなかできこえる僕の雑音……。ラ
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