とその病院の間を往来するバスが、病院の玄関に横づけにされた。すると、折鞄《おりかばん》を抱《かか》えた若い医師が二人、彼の座席のすぐ側《そば》に乗込んで腰を下ろした。雨はバスの屋根を洗うように流れ、窓の隙間《すきま》からしぶきが吹込んだ。「よく降りますね、今年は雨の豊年でしょうか」と医師たちは身を縮めて話し合っていた。やがて、バスは揺れて、真暗な坂路を走って行った。
銀行の角でバスを降りると、彼はずぶ濡れの鋪道《ほどう》を電車駅の方へ歩いた。雨に痛めつけられた人々がホームにぼんやり立並んでいた。次の停留場で電車を降りると、袋路の方は真暗であった。彼はその真暗な奥の方へとっとと歩いて行った。
さきほどから、何か真暗な長いもののなかを潜《くぐ》り抜けて行くような気持が引続いていた。よく降りますね、今年は雨の豊年でしょうか、――そういう言葉がふと非力な人間の呟《つぶや》きとして甦《よみがえ》って来るのであった。そういえばバスや電車の席にぐったりと凭掛《よりかか》っている人間の姿も、何か空漠《くうばく》としたものに身を委《ゆだ》ねているようである。日々のいとなみや、動作まですべて、眼には見
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