をとり囲んで、村の女房たちがてんでに私たちに話しかけた。けれども私は、薄闇のなかに誰が何を云つてくれてゐるのやら、気忙しくてわからないのであつた。深井氏はせつせと世話を焼いてくれた。兼ねて、その製粉所から三軒目の家を、次兄が借りる約束にはなつてゐたのだが、かうして突然、罹災者の姿となつて越して来ようとは、誰も思ひがけぬことであつた。
 やがて、私たちは、ともかく農家の離れの畳の上に、膝を伸した。次兄の一家族と、妹と私と、二昼夜の野宿のあげく、漸く辿りついた場所であつた。とつぷりと日は暮れて、縁側のすぐ向の田を、風が重苦しくうごいてゐた。

  一老人

 背の低いわりに顔は大きい、額は剥げあがつてゐるが、鬢の方には白髪と艶々した髪がまじつてゐる、それから、何より眼だが、そのくるりとした眼球は、とてもいま睡むたさうで、まだ昼寝の夢に浸つてゐるやうだし、ゆるんだ唇にはキセルがあつた。……一瞬、あたりの空気がずりさがつて、こちらまで何だか麻酔にかかりさうであつた。が、そのぼんやりした眼が漸くこちらに気づいたやうであつた。すると、その男の顔には何ともいへぬもの珍しげな表情がうかび、唇がニヤニヤ
前へ 次へ
全24ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング