やうだ」と妹も妙に興奮してくるのであつた。
 だが、その後、お金を出してものが買へるのは既に珍しくない世の中がやつて来た。その頃になると、この村にも、復員青年の姿がぽつぽつ現れた。農会の女事務員は、村の老婆にしつこく年齢を訊ねられてゐた。
「気だてさへよければ伜の嫁にしたいのだが」老婆はむきつけてそんなことを娘に打明けるのだつた。Agricultural Society いつのまにか農会の入口にはこんな木札が掲げられてゐた。

  玩具の配給

 爺さんは牛を牽いて夜遅く家に帰る途中だつた。後からやつて来た朝鮮人が頻りに頼むので、その荷物を牛の背に乗せてやつたかとおもふと、すぐ側の叢で「万歳! 万歳!」と叫ぶ声がした。見ると薄らあかりのなかに軍刀を閃めかしながら人影が立上つた。「万歳! 万歳!」と猶も連呼しながら、影はよろよろとこちらへ近づいてくる。その時、朝鮮人は荷を持つて素速く逃げ去つたが、牛を連れてゐる爺さんは戸惑ふばかりであつた。「こらへて下さいや。なんにもわしはわるいことしたおぼえはないのです」爺さんは哀願した。だが、朦朧とした眼つきの男は、振りあげた軍刀で牛の尻にぴたと敲きつけると、つづいて爺さんの肘のところを払つた。そして、それきり相手の将校は黙々と立去つたのである。――八月十五日の晩の出来事で、軍刀の裏側でやられた肘の疵を撫でながら、爺さんは翌朝おそろしさうにこの話をした。
 そんなことがあつてから五六日目のことだが、爺さんは牛を牽いて、朝早くから玩具を取りに出掛けて行つた。牛の背に積んで戻る程、たんと玩具がやつて来るのかしら、と私は少しをかしくおもつた。すると、お餉ごろ爺さんは村へ帰つて来た。それから暫くして、玩具の配給があるから取りに来いといふのだつた。よろこんで出掛けて行つた甥はすぐにひきかへして来た。
「風呂敷がいる、風呂敷がいるんだよ」
 甥はひどく浮々してまた出掛けて行つた。やがて持つて戻つた風呂敷包は、すぐ畳の上にひろげられた。笛がある。カチカチと鳴る奇妙な木片がある。竹のシヤベル。女優のプロマイド。紙の将棋。木の車。どれも、これも、おそろしく粗末なものだが、宣撫用として、久しく軍の倉庫に匿されてゐたものなのだらう。こんなもの呉れるより、米の一升でもくれたらいいのに、と大人たちはあまり喜ばないのであつたが、子供らはてんでに畳の上のものに
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