扱つてみてはどうです。
「人間は人間をまつてはじめて可能な仕事だけに従事したい。電車の乗り降りに見られるやうな、愚かさから来るエネルギーの損失を、人間同志の生活から除きたい(芸術歴史人間)」僕など痛切にこの嘆きを感じるのですが。花田といふ人は才人ですね。
 僕も、正月以来早く八幡村を立去らうと思ひ、或は広島の城谷の家に置いて貰つて一時就職しようかとも考へてゐましたが光太の処に部屋があいてゐて置いてやつてもいいと云ふので早く上京しようと思ひます。ただ、現在では六大都市転入禁止になつてゐますが、あれは世帯の移動を禁止してゐるのか、同居や寄偶[#「偶」に「ママ」の注記]の場合はどうなのか、何とか転入許可を得る方法はないものか、そちらでわかつたらお教へ下さい。転入できるものなら早速上京してともかく光太のところに一時寄偶[#「偶」に「ママ」の注記]するつもりで居ます。何にしろ上京すればまた、あなたの方にもいろいろ御世話になることゝ思ひます。
 こちらは財産税のことでみんなあれこれ案じて居り品物を買ひあさつて居る人が多いのです。美樹などもおかげで景気がいいのですよ。
 僕の原稿二篇ともあなたの方の都合にまかせます。その後書きたいことはかなりあるのですがなかなか机にむかへません。
 光太は僕の詩集に貞恵といふ題をつけと云ひますが、貞恵といふささやかな本は別にひそかに考へて居るのです。
 それでは御健闘を祈ります。
[#地から3字上げ]二月五日



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●昭和二十一年二月十五日 八幡村より 東京都杉並区阿佐谷六ノ九三 永井善次郎宛
[#ここで字下げ終わり]
 速達拝見しました。原稿の件については先便で申上げた通りあなたの方の都合に一任します。「新日本文学」へ持つて行かれても結構です。「原子爆弾」といふ題名がいけないなら「ある記録」ぐらゐの題にしてはどうでせうか、それともまだ適切な題があればそちらでつけて下さい。
 下宿は末田のところに置いてやつてもいいと云ふので、一先づそこへ移らうかと思つてゐるのですが、転入の許可がとれるものかどうか目下問合はせてゐます。兄は食糧持参で一寸上京してみよと云ひますが末田のところに夜具があるものかどうか、それも目下問合はせ中です。
 二日の速達が今日十五日に届くのですから相変らず郵便物は遅れるのですね。
 兄は焼跡へバラツクを建てるので奔走してをります。焼跡といへば去年の十二月埋めてゐたものを掘り出しに行きましたが、そのなかに南京豆が健在だつたのは悦ばしくありました。炒つて食べましたが死にもしませんでした。
 僕はあの英文法の Subjunctive といふ奴を頻りに考へさされます。もしあの時、ああしたら、かうはならなかつただらうに――と、焼き出された人間は愚痴ります。Subjunctive Past は愚痴を現はす mood なのでせう。
 御健筆を祈ります。
[#地から3字上げ]二月十五日 原民喜

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永井善次郎様
[#ここで字下げ終わり]



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●昭和二十一年七月三日 大森区馬込東二ノ八九九末田方より 杉並区阿佐谷 永井善次郎宛
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 先日は御世話になりました。
 こんどの部屋は落着いてゐるので、このまゝこゝへ居坐りたい気がします。光太が詩を送つて来ました。何処かへ掲載してほしいといふのですが。心あたりはありませんか。
 三田文学十号が出ました。一部送らせます。
 信濃へ行かれる前に一度逢ひたいと思ひます。気がむいたら、こちらへも御立寄り下さい。[#地から3字上げ]七月三日



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●昭和二十二年五月十七日 大森区馬込東二ノ八九九末田方より 杉並区阿佐谷 永井善次郎宛
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 女房的文学論は面白かつたです。
 先日の部屋の話はどうなりましたか、いつ頃あくのでせうか、実は、今大至急立退を命じられてゐて弱つてゐるので、もしそちらがあけばすぐ引移さうと決心してゐます。美樹君もその部屋をあてにしてゐて一緒に、自炊しようと話合ひました。「高原」書店で見ましたがまだ手許には送つて来ません。「四季」は和紙で立派なのが出るといふことです。
 二十三日交洵社に行くかもしれません。



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●昭和二十二年七月三日 東京都中野区打越十三平田方より 杉並区阿佐谷 永井善次郎宛
[#ここで字下げ終わり]
 小田切秀雄の「人間と文学」あれはつまり文学をだらけさせまいとするものの声として私にはうけとれました。近代文学6では座談会が面白く、あなたの小説はこんどのところは非常によく纏つてゐてあそこだけでも独立して短篇になると思へました。美樹が漸く上京して来ました。広島では間もなくバラツクが建つさうでこの暮には一度あちらへ行つてみようと考へて居ます。学校も今学期限りやめるつもりです。気ケウ(肺の治療にする)といふ字がわからないのですが、調べてくれませんか。
 相変らず天気が不順ですね。



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●昭和二十三年二月六日 東京都神田神保町三ノ六より 杉並区阿佐谷 永井善次郎宛
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 お元気ですか。
 どうもこの頃は雑用に追はれて落着けません。小説も書かねばならないのになかなか捗りません。長光太が暦程(3)[#「(3)」は縦中横]に詩論を出してゐますが、これはなかなか面白いものでした。壊滅の序曲はどうなつてゐるのでせうか。今ならいいところへ出せさうなのですが、取し戻て頂けないでせうか。もつとも昭森社で組んでゐるのでしたら仕方ありませんが確かめてみて下さい。



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●昭和二十三年八月頃 東京都神田神保町一ノ三能楽書林内より 長野県軽井沢町追分山屋内 永井善次郎宛
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 ハガキ有難う。東京はこの一週間ばかり猛暑です。僕の部屋など畳が熱くなつてゐて昼寝さへ出来ません。時時阿佐ヶ谷の美樹のところへ避暑に行きます。水田氏とは一度逢ひましたがまだその後、部屋の件については、はつきりした返事を得てゐません。三田文学は十二号まで編輯済ませました。十三号にも平田君に時評もらふつもりですが、十四号から中田君が書いてくれるでせうか。病気とききましたので、おたづねします。高原特輯号に小説が欲しいといふことをききましたので「雲の裂け目」を掛川氏あてに送りました。
 明日は美樹とアメリカ交響楽を見に行くはずです。暑くてとても書けません。無理して秋に弱つては困ると思ひ、なまけてゐます。



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●昭和二十五年三月頃 武蔵野市吉祥寺二四〇六川崎方より 茨城県多賀郡大津町西町大津館内 永井善次郎宛
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 二三日寒さが烈しくて震へ上つてゐましたが今日は漸く春らしい天気にもどりました。この近辺を歩いてゐると樹木が多いので、ひとりでに武蔵野を感じます。大岡昇平の「武蔵野夫人」は名作になりさうですね。埴谷君も昨日、群像の原稿書上げました。
 強引に少女小説を一つ書いてみました。
 僕は三田の三奇人の一人にされました、あとの二人は片山修三と改造社編集長の小野田ださうです。



底本:「定本原民喜全集3[#「3」はローマ数字3、1−13−23]」青土社
   1978(昭和53)年11月30日発行
※これらは、底本にはじめて収録されました。
※村岡敏宛書簡(このファイル冒頭の4通。昭和十一年四月三十日・昭和十一年六月三十日・昭和十一年七月十五日・昭和十一年七月二十四日)について。底本では(おそらく原民喜自筆の)手紙がそのまま写真で載せられています。このファイルでは、それを判読し、テキストデータとしました。判読間違いがあるかもしれません。
※各書簡の区切りは、改行3個に統一しました。
※文中の「血+卜」の文字は、底本収録の「杞憂句集 その二」中の対応する句では、「倒」と表記されています。読みは「たお」か。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:土屋隆
2006年3月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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