日もまた変な雨が降つてゐる。
 扨て別便で小包を送つたから受取られたい。セビロはいつの間にか少し虫が食つてゐたので余り切れを入れておいた。
 麻布はあれで開襟を拵へて欲しい。半袖でいい。カラーサイズは十五。
 白い布はカラーを作つて貰いたい。なるべく尖のところが細長い型にしてもらひたい。
 つまり下図の如き型。
 開襟の方は来年の夏までに作つてもらへばよい。



[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
●昭和二十一年四月四日 東京都大森区馬込東二ノ八九九末田方より 倉敷市元町四二七 深川恭子宛
[#ここで字下げ終わり]
 卅日に上京した。
 なかなか東京もよく焼かれてをるのに感心するが焼残つてをるところもあり広島とは違つたものを感じることもたしかだ。
 末田からスタイルブツクもらつたから今度美樹でもことづけよう。
 和木氏は上海に居るさうだから近く帰つて来るだらう。
[#地から3字上げ]四月三日



[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
●昭和二十一年五月十八日 東京都大森区馬込東二ノ八九九末田方より 広島市古田町字高須二三六 前田恭子宛
[#ここで字下げ終わり]
 端書を有難う。高須の新居穏やかに緑葉のゆらいでゐることであらう。今年は五月が梅雨のやうに寒冷で、おまけに近頃は米の配給はなく東京の電車に笑顔を湛えてゐる人間を見かけなくなつた。和木さんを訪ねたら二人とも頗る元気さうだつた。先頃千葉へ行つてみた。もとの家は無事に残つてゐたので損したやうな気がした。昨日美樹が来た。一緒に映画見た。



[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
●昭和二十一年六月二十一日 大森区馬込末田方より 広島市古田町字高須二三六 前田恭子宛
[#ここで字下げ終わり]
 前略
 前便で無理な御願い申込んだが、その後こちらで何とか打開の途がつきさうになつたからあの件は放念してくれ給へ。
 昨日からすつかり夏めいて来た。美樹君が昨日来たのでスタイルブツク渡しておいた。僕は来月十四日から休暇。
 御健勝を祈る。



[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
●昭和二十一年七月三十一日 大森区馬込末田方より 広島市古田町 前田恭子宛
[#ここで字下げ終わり]
 暑中見舞有難う。今年の暑さは非常であつたがこの二三日凉しく今日は雨。明日から又暑くなるさうだ。食糧困難に変りはないが近頃は休暇なのでまあ昼寝などしてゐる。八月六日もすぐだが、その日広島では復興祭があり、録音を巴里に放送するさうだね。一寸行つてみたいやうだ。去年の今日は浜松艦砲射撃、去年のこの頃は元気で饒津へ逃げて行つたものだね。
 開業も近いさうだが御発展を祈つておく。皆様によろしく。美樹君はよく遊びに来るかしら。江波ダンゴだつて今から思へば御馳走だよ。
[#地から3字上げ]七月三十日



[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
●昭和二十一年四月 大森区馬込末田方より 広島県佐伯郡平良村 原信嗣(長兄)宛
[#ここで字下げ終わり]
 先日はいろいろ御世話になりました。七時二十五分広島発の列車は大竹から、復員列車として変更されてゐたので、大変な混み方でしたが、とにかく無事で東京へ参りました。来てみれば東京はうんざりさすものと何か新しく期待さすものとに満ちてゐるやうです。荷物も全部無事で届きました。転入は転出証明だけでは駄目なので、一寸暇どるやうです。とりあへず第一報まで。美樹君によろしく。早くやつて来いと云つて下さい。



[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
●昭和二十一年五月七日 大森区馬込末田方より 広島県佐伯郡平良村 原信嗣宛
[#ここで字下げ終わり]
 その後お変りございませんか。今年はいつまでも寒いやうですね。今日は結構なもの有難うございました。五、六月の食糧危機を切抜ければあとは少しは楽になるだらうと観測されて居ります。近所で発疹チブスが出たのでDDT(殺虫剤)を振りかけられ部屋中粉だらけになりました。注射もしました。
[#地から3字上げ]五月七日



[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
●昭和二十一年七月 大森区馬込末田方より 広島県佐伯郡平良村 原信嗣宛
[#ここで字下げ終わり]
 拝啓 その後は御無沙汰致して居りましたが御元気のことゝ存じます。
 美樹君も帰省してゐるので、こちらの様子も御聞のことゝ思ひますが、何分先月は全く餓死の一歩手前まで追ひつめられ心身ともに衰弱してゐました。それでつい恭子に無心なぞしましたが、すぐ後でいけなかつたと思ひました。
 こんどの小切手有難くいただいておきます。
 ズツクと蚊帳はたしかに受取りました、あの際すぐ礼状差出したのですがハガキだつたので届かなかつたのでせう、出したハガキが途中で紛失する例は再三
前へ 次へ
全10ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング