焼跡へバラツクを建てるので奔走してをります。焼跡といへば去年の十二月埋めてゐたものを掘り出しに行きましたが、そのなかに南京豆が健在だつたのは悦ばしくありました。炒つて食べましたが死にもしませんでした。
 僕はあの英文法の Subjunctive といふ奴を頻りに考へさされます。もしあの時、ああしたら、かうはならなかつただらうに――と、焼き出された人間は愚痴ります。Subjunctive Past は愚痴を現はす mood なのでせう。
 御健筆を祈ります。
[#地から3字上げ]二月十五日 原民喜

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永井善次郎様
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●昭和二十一年七月三日 大森区馬込東二ノ八九九末田方より 杉並区阿佐谷 永井善次郎宛
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 先日は御世話になりました。
 こんどの部屋は落着いてゐるので、このまゝこゝへ居坐りたい気がします。光太が詩を送つて来ました。何処かへ掲載してほしいといふのですが。心あたりはありませんか。
 三田文学十号が出ました。一部送らせます。
 信濃へ行かれる前に一度逢ひたいと思ひます。気がむいたら、こちらへも御立寄り下さい。[#地から3字上げ]七月三日



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●昭和二十二年五月十七日 大森区馬込東二ノ八九九末田方より 杉並区阿佐谷 永井善次郎宛
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 女房的文学論は面白かつたです。
 先日の部屋の話はどうなりましたか、いつ頃あくのでせうか、実は、今大至急立退を命じられてゐて弱つてゐるので、もしそちらがあけばすぐ引移さうと決心してゐます。美樹君もその部屋をあてにしてゐて一緒に、自炊しようと話合ひました。「高原」書店で見ましたがまだ手許には送つて来ません。「四季」は和紙で立派なのが出るといふことです。
 二十三日交洵社に行くかもしれません。



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●昭和二十二年七月三日 東京都中野区打越十三平田方より 杉並区阿佐谷 永井善次郎宛
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 小田切秀雄の「人間と文学」あれはつまり文学をだらけさせまいとするものの声として私にはうけとれました。近代文学6では座談会が面白く、あなたの小説はこんどのところは非常によく纏つてゐてあそこだけでも独立して短篇になると思へました。美樹が漸く上京して来ました。広島では間もなくバラツクが建つさうでこの暮には一度あちらへ行つてみようと考へて居ます。学校も今学期限りやめるつもりです。気ケウ(肺の治療にする)といふ字がわからないのですが、調べてくれませんか。
 相変らず天気が不順ですね。



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●昭和二十三年二月六日 東京都神田神保町三ノ六より 杉並区阿佐谷 永井善次郎宛
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 お元気ですか。
 どうもこの頃は雑用に追はれて落着けません。小説も書かねばならないのになかなか捗りません。長光太が暦程(3)[#「(3)」は縦中横]に詩論を出してゐますが、これはなかなか面白いものでした。壊滅の序曲はどうなつてゐるのでせうか。今ならいいところへ出せさうなのですが、取し戻て頂けないでせうか。もつとも昭森社で組んでゐるのでしたら仕方ありませんが確かめてみて下さい。



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●昭和二十三年八月頃 東京都神田神保町一ノ三能楽書林内より 長野県軽井沢町追分山屋内 永井善次郎宛
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 ハガキ有難う。東京はこの一週間ばかり猛暑です。僕の部屋など畳が熱くなつてゐて昼寝さへ出来ません。時時阿佐ヶ谷の美樹のところへ避暑に行きます。水田氏とは一度逢ひましたがまだその後、部屋の件については、はつきりした返事を得てゐません。三田文学は十二号まで編輯済ませました。十三号にも平田君に時評もらふつもりですが、十四号から中田君が書いてくれるでせうか。病気とききましたので、おたづねします。高原特輯号に小説が欲しいといふことをききましたので「雲の裂け目」を掛川氏あてに送りました。
 明日は美樹とアメリカ交響楽を見に行くはずです。暑くてとても書けません。無理して秋に弱つては困ると思ひ、なまけてゐます。



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●昭和二十五年三月頃 武蔵野市吉祥寺二四〇六川崎方より 茨城県多賀郡大津町西町大津館内 永井善次郎宛
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 二三日寒さが烈しくて震へ上つてゐましたが今日は漸く春らしい天気にもどりました。この近辺を歩いてゐると樹木が多いので、ひとりでに武蔵野を感じます。大岡昇平の「武蔵野夫人」は名作になりさうですね。埴谷君も昨日、群像の原稿書上げ
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