元気の様子何よりと存じます。先日帰郷の際は何彼と御世話になり有難く御礼申上げます。とても大変な汽車でしたが拵へていただいた弁当がおいしかつたので助かりました。その後こちらではあんなおいしいものは食べられません。寒いのでとかく縮こまつてゐますが東京の街もインフレで憂鬱なことです。
 扨て着物の件いろいろ御配慮にあずかり済みませんでした。私にも見当がつきませんからまあ適当な値段で処理して下さい。何分早い方が結構なのですから。
 増岡登三郎氏のことについては、美樹君に先便で申上ましたが、まああんな人なのですから仕方がないでせう。荷物は先方から発送してくれることと思います。それにしても早く美樹君の宿が見つかるといいのですが。
 先日も永井君が逗子の方へ探してやるとは云つてゐましたが、住宅難はなかなか深刻です。
 新新円が出るといふ噂も御座いますが、何が飛び出してくるやら全く日本の前途は暗澹としてゐます。
 寒さの折、御大切に。皆さんによろしく御伝へ下さい。
   姉上様[#地から3字上げ]二月七日 民喜



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●昭和二十二年三月二十九日 大森区馬込末田方より 広島市幟町 原すみ江宛
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 御手紙有難うございました。みなさん元気で結構なことと存じます。大分陽気も暖かになりましたから広島も賑やかになつてゆくことでせう。東京も人足ばかりはぞろぞろしてゐますが、闇市の闇の物凄いことに胆を抜かれさうです。茂君も上京したさうですが、まだこちらへは姿を見せませんが、いづれ立寄ることでせう。美樹君も下宿がなくていらいらしてゐることでせう。私の考では増岡増造さんに当座の宿をたのんでみてはどうかしらと思ひます。
 煙草はまた高くなるし、銭湯へも滅多に行けずやねこいことばつかしです。
   姉上様[#地から3字上げ]民喜



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●昭和二十二年八月十五日 東京都中野区打越十三より 広島市幟町 原美樹宛
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 暑いね、今年は少し暑すぎるやうだ。広島も暑いことだらう。この頃こちらは停電と断水が毎日つづき水も思ふやうには飲めないが阿佐谷の家鴨ばかりは、のん気さうに啼いてゐる。先日ウイスキーの配給があつたので、飲んだら久振りに酔つた。
 暑いからこれで失敬。
 凸版印刷が争議
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