いた。彼の目の前では試写の合評がだらだらと続いていたが、ふと誰かが立上ると、急に皆の表情が変っていた。人々はてんでに窓から地面の方へ飛降りてゆく。彼にもそれが何を意味しているのか直《す》ぐにわかった。人々の後について、人々の行く方へ歩いて行った。人々が振仰ぐ方向に視線を向けると、丘の上の樹木の梢《こずえ》の青空の奥に、小さな銀色の鍵《かぎ》のような飛行機が音もなく象眼されていた。高射砲の炸裂《さくれつ》する音が遠くで聞えた、丘にくり抜かれている横穴の壕《ごう》へ人々は這入って行った。暗い足許《あしもと》には泥土質の土塊《つちくれ》や水溜《みずたま》りがあって、歩き難《にく》かったが、奥へ奥へと進んで行くと、向側の入口らしい仄明りが見えて来た。人々はその辺で一かたまりになって蹲《うずくま》った。撮影機を抱《かか》えた人や、蝋燭《ろうそく》を持った人の姿が茫《ぼう》と見えた。じっとしていると、壕の壁は冷え冷えとした。ふと彼にはそこが古代の神秘な洞穴《どうけつ》のなかの群衆か何かのようにおもえた。さきほど見た小さな飛行機も幻想のように美しくおもえた。……やがて、その騒ぎが収まると、後は嘘《う
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