がら骨を撰《え》り分けた。彼もぼんやり側に屈《かが》んで拾いとっていたが、骨壺《こつつぼ》はすぐに一杯になってしまった。風呂敷に包んだ骨壺を抱えて、彼は植込の径を歩いて行った。すると遽《にわ》かに頭上の葉がざわざわ揺れて、さきほどまで静まっていた空気のなかにどす黒い翳《かげ》りが差すと、陽《ひ》の光が苛立《いらだ》って見えた。それはまた天気の崩れはじめる兆《きざし》だった。こういう気圧や陽の光はいつも病妻の感じやすい皮膚や彼の弱い神経を苦しめていたものだ。(地上には風も光ももとのまま)そう呟くと、急に地上の眺めが彼には追憶のように不思議におもえた。
持って戻った骨壺は床の間の仏壇の脇《わき》に置かれた。さきほどまで床の間にはまだ明るい光線が流れていたのだが、いつの間にかそのあたりも仄暗《ほのぐら》くなっていた。外では雨が降りしきっていた。湿気の多い、悲しげな空気は縁側から匐《は》い上って畳の上に流れた。時折、風をともなって、雨はザアッと防空壕《ぼうくうごう》の上の木の葉を揺すった。庭は真暗に濡《ぬ》れて号泣しているようなのだ。こうした時刻は、しかし彼には前にもどこかで経験したことがあるようにおもえた。郷里から次兄と嫂《あによめ》がやって来たので、狭い家のうちは人の気配で賑《にぎわ》っていた。その家の外側を雨は狂ったように降りしきっていた。
二日つづいた雨があがると、郷里の客はそれぞれ帰って行った。義姉だけはまだ逗留《とうりゅう》していたが、家のうちは急に静かになった。床の間の骨壺のまわりには菊の花がひっそりと匂《にお》っている。彼は近いうちに、あの骨壺を持って、汽車に乗り郷里の広島まで行ってくるつもりだった。が、ともかく今はしばらく心を落着けたかった。久し振りに机の前に坐って、書物をひらいてみた。茫然《ぼうぜん》とした頭に、まだ他人の書いた文章を理解する力が残っているかどうか、それを試《ため》してみるつもりだった。眼の前に展《ひろ》げているのは、アナトール・フランスの短篇集だった。読んで意味のわからない筈《はず》はなかった。だが意味は読むかたわらに消えて行って、それは心のなかに這入《はい》って来なかった。今、彼は自分の世界がおそろしく空洞《くうどう》になっているのに気づいた。
久し振りに彼は電車に乗って、東京へ出掛けて行くと、家を出た時から、彼をとりまく世界は
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