だった。人間の想像力で描き得る破滅の図というものは、いくぶん図案的なものかもしれない。やがて来る破滅の日の図案も、もう何処《どこ》かの空間に静かに潜められているのだろうか。
 暫《しばら》く滞在していた義姉が神戸の家に帰ることになった。義姉の家には挺身隊《ていしんたい》の無理から肺を犯されて寝ている娘がいた。その姪《めい》のために彼は妻のかたみの着物を譲ることにした。箪笥《たんす》から取出した衣裳《いしょう》を義母と義姉はつぎつぎと畳の上にくりひろげて眺めた。妻はもっている着物を大切にして、ごく少ししか普段着ていなかったので、殆《ほとん》どがまだ新しかった。義母は愛着のこもった手つきで、見憶《みおぼ》えのある着物の裾をひるがえして眺めている。彼には妻の母親が悲歎《ひたん》のなかにも静かな諦感をもって、娘の死を素直に受けとめている姿が羨《うらやま》しかった。ある日こういうことになる日が訪れて来たのか、と彼は着物の賑《にぎ》やかな色彩を眺めながら、ぼんやり考えた。
 広島までの切符が手に入ったので、彼は骨壺を持って郷里の兄の家に行くことにした。夕方家を出て電車に乗ると、電車はぎっしり満員だった。夜の混濁した空気のなかで、彼は風呂敷に包んだ骨壺と旅行カバンを両脇にかかえて、人の列に挾《はさ》まれていた。無事にこの骨壺を持って行けるだろうか、押しあうカーキ色の群衆のなかで彼はひどく不安だった。駅のホームに来てみると列車は満員で、座席はとれなかった。網棚《あみだな》の片隅に置いた骨壺が、絶えず彼の意識から離れなかった。荒涼とした夜汽車の旅だったが、混濁と疲労の底から、何か一すじ清冽《せいれつ》なものが働きかけてくるような気持もした。
 その清冽なものは、彼がそれから二日後、骨壺を抱えて郷里の墓地の前に立ったときも、附纏《つきまと》ってくるようだった。納骨のために墓の石も取除かれたが、彼の持っている骨壺は大きすぎて、その墓の奥に納まらなかった。骨は改めて、別の小さな壺に移されることになった。改めて彼は再び妻の骨を箸《はし》で撰《え》りわけた。火葬場で見た時とちがって、今は明るい光線の下に細々とした骨が眼に泌《し》みるようだった。壺に納まった骨は静かに墓の底に据えられ、余りの骨は穴のなかにばら撒《ま》かれた。この時、彼の後に立っている僧がゆるやかな優しい声で読経をあげた。それは誰
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