は少しづつ浮んで来た。
だが、房子はそれを打消すやうに顔を伏せて、猫いらずを買ふことを考へた。さっき自殺を決心して家を出てからと云ふものは、どうしたものか房子は目に触れるものがみんな活々と美しく呼吸づいてゐるやうに感じられたが、自分だけがもう半分心臓の鼓動が停まったやうに死相を帯びて来たのではないかと思へた。とにかく房子は自分が間もなく死んで行くのだと信じた。それはもうどうにもならない決定的のことで、今ゴーと走ってゐる電車に彼女が乗ってゐるのと同じくらゐ普通のことのやうに思へた。
しかし、房子は顔を伏せてはゐたが、眼の前にゐる三人のマダム達がやはり気になった。死んで行く自分の直ぐ目の前に、今、世にも幸福さうな三人のマダムが揃も揃って腰掛けてゐるとは、何と云ふこれもあたりまへのことだらう。
暫くすると電車はある駅に停まった。真中にゐたマダムが立上ったので、両側の二人も次いで立上るのかと思へた。が、二人はぢっと身動きもしなかった。さうして真中のマダムが一人でさっさと降りて行ってしまった。空いた真中の席にはすぐに学生が割込んで来て、両側のマダムは今は別々に隔てられてしまった。房子は意外
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