での時間をぼんやりとしてゐる。かうして僕がここにゐるといふことは、一刻ごとに苛責の針を感じながら、つい僕の頭にはとてつもない夢想ばかりがはびこり勝ちなのだ。ふと、細目にひらいた窓の方を眺めると、向の畑の枝に残つた糸瓜が一つ、ふらふらと揺れてゐる。……時は流れた。ほんとに時は流れ去つてしまつた。僕はもつと恍惚した気分で、以前こんな時刻にめぐり合はなかつただらうか。お前と死にわかれる年の秋まで、何度僕はこんな風な小さな眺めのなかに時の流れを嘆じただらう。家の窓のすぐ外に糸瓜はみのり、それがさわさわと風に揺れてゐた。あれは、まだその儘、いたるところに残つてゐるではないか。
 ――と、何かひつそりとした影が、僕の見てゐる窓の下を横切る。殆ど何の音もたてず、黙々と今、畑のところを通りすぎて行くのは、長い鍬を肩にになつて前屈みの姿勢で重苦しく、ゆつくりと歩いて行く老人だつた。人間とも思へない位、これは不思議な調子の存在だ。だが、忽ち僕はあの鍬で脳天を叩き割られてゐる自分に脅える。谷間に似たこの附近一帯には陰々として怨霊の気が立罩めてゐるのだらうか。……耳を澄してゐると、階下にゐる家の細君の足音がわ
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