出したものだが、以前、旅先の家で妻が使用してゐた品だつた。姉のところへ、あづけ放しにしてから五年になつてゐた。……彼はアルバムが見せてもらひたかつたので、そのことを云つた。どの写真が見たいのかと、姉は三冊のアムバム[#底本ママ]を奥から持つて来た。昔の家の裏にあつた葡萄棚の下にたたずんでゐる少女の写真は、すぐに見つかつた。これが、広島へ来るまで彼の念頭にあつた、死んだ姉の面影だつた。彼はそれを暫らく借りることにして、アルバムから剥ぎ取らうとした。が、変色しかかつた薄い写真は、ぺつたりと台紙に密着してゐた。破れて駄目になりさうなので、彼は断念した。
「あんた、一昨年こちらへ戻つたとき土地を売つたとかいふが、そのお金はどうしてゐますか」
「大かた無くなつてしまつた」
「あ、金に替へるものではないのね。金に替へればすぐ消える。あ、あ、さうですか」
姉はこんど改造した家のなかを見せてくれた。恰度、下宿人はみな不在だつたので、彼は応接室から二階の方まで見て歩いた。畳を置いた板の間が薄い板壁のしきりで二分され、二つの部屋として使用されてゐる。どの部屋も学生の止宿人らしく、侘しく殺風景だつた。内職
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