る。それから、彼が東京からはじめてこの新築の家へ訪ねた時も、その頃はまだ人家も疎らで残骸はあちこちに眺められた。その頃からくらべると、今この辺は見違へるほど街らしくなつてゐるのだつた。
午后、ペンクラブの到着を迎へるため広島駅に行くと、降車口には街の出迎へらしい人々が大勢集つてゐた。が、やがて汽車が着くと、人々はみんな駅長室の方へ行きだした。彼も人々について、そちら側へ廻つた。大勢の人々のなかからMの顔はすぐ目についた。そこには、彼の顔見知りの作家も二三ゐた。やがて、この一行に加はつて彼も市内見物のバスに乗つたのである。……バスは比治山の上で停まり、そこから市内は一目に見渡せた。すぐ叢のなかを雑嚢をかけた浮浪児がごぞごそしてゐる。それが彼の目には異様におもへた。それからバスは瓦斯会社の前で停まつた。大きなガスタンクの黝んだ面に、原爆の光線の跡が一つの白い梯子の影となつて残つてゐる。このガスタンクも彼には子供の頃から見馴れてゐたものなのだ。……バスは御幸橋を渡り、日赤病院に到着した。原爆患者第一号の姿は、背の火傷の跡の光沢や、左手の爪が赤く凝結してゐるのが標本か何かのやうであつた。……
前へ
次へ
全24ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング