き三、四ヵ月生きてゆける計算だった。彼はこの頃また、あの「怪物」の比喩《ひゆ》を頻《しき》りに想い出すのだった。
非力な戦災者を絶えず窮死に追いつめ、何もかも奪いとってしまおうとする怪物にむかって、彼は広島の焼跡の地所を叩《たた》きつけて逃げたつもりだった。これだけ怪物の口へ与えておけば、あと一年位は生きのびることができる。彼は地所を売って得た金を手にして、その頃、昂然《こうぜん》とこう考えた。すると、怪物はふと、おもむろに追求の手を変えたのだ。彼の原稿が少しずつ売れたり、原子爆弾の体験を書いた作品が、一部の人に認められて、単行本になったりした。彼はどうやら二年間無事に生きのびることができた。だが、怪物は決して追求の手をゆるめたのではなかった。再びその貌《かお》が間近に現れたとき、彼はもう相手に叩き与える何ものも無く、今は逃亡手段も殆ど見出《みいだ》せない破滅に陥っていた。
「君はもう死んだっていいじゃないか。何をおずおずするのだ」
特殊潜水艦の搭乗員《とうじょういん》だった若い友人は酔っぱらうと彼にむかって、こんなことを云った。虚《むな》しく屠《ほふ》られてしまった無数の哀《かな
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