、床のなかで容易に睡《ねむ》れなかった。〈水ヲ下サイ〉という言葉がしきりと頭に浮んだ。それはペンクラブの会のサインブックに何気なく書いたのだが、その言葉からは無数のおもいが湧きあがってくるようだった。火傷で死んだ次兄の家の女中も、あの時しきりに水を欲しがっていた。水ヲ下サイ……水ヲ下サイ……水ヲ下サイ……水ヲ下サイ……それは夢魔のように彼を呻吟《しんぎん》させた。彼は帰京してから、それを次のように書いた。
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水ヲ下サイ
アア 水ヲ下サイ
ノマシテ下サイ
死ンダホウガ マシデ
死ンダホウガ
アア
タスケテ タスケテ
水ヲ
水ヲ
ドウカ
ドナタカ
オーオーオーオー
オーオーオーオー
天ガ裂ケ
街ガナクナリ
川ガ
ナガレテイル
オーオーオーオー
オーオーオーオー
夜ガクル
夜ガクル
ヒカラビタ眼ニ
タダレタ唇《くちびる》ニ
ヒリヒリ灼《や》ケテ
フラフラノ
コノ メチャクチャノ
顔ノ
ニンゲンノウメキ
ニンゲンノ
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出発の日の朝、彼は漸く兄に借金のことを話しかけてみた。
「あの本の収入はどれ位あったのか」
彼はありのままを
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