、彼が眼をさますと、枕頭《ちんとう》に小さな熊《くま》や家鴨《あひる》の玩具《おもちゃ》が並べてあった。姪たちのいたずらかと思って、そのことを云うと、「あなたが淋《さび》しいだろうとおもって、慰めてあげたのです」と妹は笑いだした。
 その日の午後、彼は姪に見送られて汽車に乗った。各駅停車のその列車は地方色に染まり、窓の外の眺めものんびりしていたが、尾道《おのみち》の海が見えて来ると、久し振りに見る明るい緑の色にふと彼は惹《ひ》きつけられた。それから、彼の眼は何かをむさぼるように、だんだん窓の外の景色に集中していた。彼は妻と死別れてから、これまで何度も妻の郷里を訪ねていた。それは妻の出生にまで溯《さかのぼ》って、失われた時間を、心のなかに、もう一度とりかえしたいような、漠《ばく》とした気持からだったが、その妻の生れた土地ももう間近にあった。……本郷駅で下車すると、亡妻の家に立寄った。その日の夕方、その家のタイル張りの湯にひたると、その風呂にはじめて妻に案内されて入った時のことがすぐ甦《よみがえ》った。あれから、どれだけの時間が流れたのだろう、と、いつも思うことが繰返された。

 翌日の夕
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