物理的作用の下にあるだけのことのやうにおもへた。珍しい男だな、と正三は考へた。だが、このやうな好漢ロボツトなら、いま日本にはいくらでもゐるにちがひない。

 順一は手ぶらで五日市町の方へ出向くことはなく、いつもリユツクにこまごました疎開の品を詰込み、夕食後ひとりいそいそと出掛けて行くのであつたが、ある時、正三に「万一の場合知つてゐてくれぬと困るから、これから一緒に行かう」と誘つた。小さな荷物持たされて、正三は順一と一緒に電車の停留場へ赴いた。己斐行はなかなかやつて来ず、正三は広々とした道路のはてに目をやつてゐた。が、そのうちに、建物の向にはつきりと呉娑娑宇山がうづくまつてゐる姿がうつつた。
 それは今、夏の夕暮の水蒸気を含んで鮮かに生動してゐた。その山に連らなるほかの山々もいつもは仮睡の淡い姿しか示さないのに、今日はおそろしく精気に満ちてゐた。底知れない姿の中を雲がゆるゆると流れた。すると、今にも山々は揺れ動き、叫びあはうとするやうであつた。ふしぎな光景であつた。ふと、この街をめぐる、或る大きなものの構図が、このとき正三の目に描かれて来だした。……清冽な河川をいくつか乗越え、電車が市外
前へ 次へ
全60ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング