どうなるのだ」と、あまり賛成しないのであつた。
正三もゲートルを巻いて外出することが多くなつた。銀行、県庁、市役所、交通公社、動員署――どこへ行つても簡単な使ひであつたし、帰りにはぶらぶらと巷を見て歩いた。……堀川町の通がぐいと思ひきり切開かれ、土蔵だけを残し、ギラギラと破壊の跡が遠方まで展望されるのは、印象派の絵のやうであつた。これはこれで趣もある、と正三は強ひてそんな感想を抱かうとした。すると、ある日、その印象派の絵の中に真白な鴎が無数に動いてゐた。勤労奉仕の女学生たちであつた。彼女たちはピカピカと光る破片の上におりたち、白い上衣に明るい陽光を浴びながら、てんでに弁当を披いてゐるのであつた。……古本屋へ立寄つてみても、書籍の変動が著しく、狼狽と無秩序がここにも窺はれた。「何か天文学の本はありませんか」そんなことを尋ねてゐる青年の声がふと彼の耳に残つた。
……電気休みの日、彼は妻の墓を訪れ、その序でに饒津公園の方を歩いてみた。以前この辺は花見遊山の人出で賑はつたものだが、さうおもひながら、ひつそりとした木蔭を見やると、老婆と小さな娘がひそひそと弁当をひろげてゐた。桃の花が満開で、
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