つた。彼は暫くぼんやりと何も考へてはゐなかつたが、突然、屋根の方を、ビユンと唸る音がして、つづいて、バリバリと何か裂ける響がした。それはすぐ頭上に墜ちて来さうな感じがして、正三の視覚はガラス窓の方へつ走つた。向の二階の簷と、庭の松の梢が、一瞬、異常な密度で網膜に映じた。音響はそれきり、もうきこえなかつた。暫くすると、表からドカドカと人々が帰つて来た。「あ、魂消た、度胆を抜かれたわい」と三浦は歪んだ笑顔をしてゐた。……警報解除になると、往来をぞろぞろと人が通りだした。ざわざわしたなかに、どこか浮々した空気さへ感じられるのであつた。すぐそこで拾つたのだといつて誰かが砲弾の破片を持つて来た。
その翌日、白鉢巻をした小さな女学生の一クラスが校長と主任教師に引率されてぞろぞろとやつて来ると、すぐに式場の方へ導かれ、工員たちも全部着席した頃、正三は三浦と一緒に一番後からしんがりの椅子に腰を下ろしてゐた。県庁動員課の男の式辞や、校長の訓示はいい加減に聞流してゐたが、やがて、立派な国民服姿の順一が登壇すると、正三は興味をもつて、演説の一言一句をききとつた。かういふ行事には場を踏んで来たものらしく、声
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