。岩手県の方にいる友からはこの頃、便《たよ》りがなかった。釜石《かまいし》が艦砲射撃に遇《あ》い、あの辺ももう安全ではなさそうであった。
 ある朝、正三が事務室にいると、近所の会社に勤めている大谷がやって来た。彼は高子の身内の一人で、順一たちの紛争《ごたごた》の頃から、よくここへ立寄るので、正三にももう珍しい顔ではなかった。細い脛《すね》に黒いゲートルを捲《ま》き、ひょろひょろの胴と細長い面は、何か危かしい印象をあたえるのだが、それを支《ささ》えようとする気魄《きはく》も備わっていた。その大谷は順一のテーブルの前につかつかと近よると、
「どうです、広島は。昨夜もまさにやって来るかと思うと、宇部の方へ外《そ》れてしまった。敵もよく知っているよ、宇部には重要工場がありますからな。それに較《くら》べると、どうも広島なんか兵隊がいるだけで、工業的見地から云わすと殆《ほとん》ど問題ではないからね。きっと大丈夫ここは助かると僕はこの頃思いだしたよ」と、大そう上機嫌《じょうきげん》で弁じるのであった。(この大谷は八月六日の朝、出勤の途上|遂《つい》に行方《ゆくえ》不明になったのである)
 ……だが、広島が助かるかもしれないと思いだした人間は、この大谷ひとりではなかった。一時はあれほど殷賑《いんしん》をきわめた夜の逃亡も、次第に人足が減じて来たのである。そこへもって来て、小型機の来襲が数回あったが、白昼、広島上空をよこぎるその大群は、何らこの街に投弾することがなかったばかりか、たまたま西練兵場の高射砲は中型一機を射落したのであった。「広島は防げるでしょうね」と電車のなかの一市民が将校に対《むか》って話しかけると、将校は黙々と肯《うなず》くのであった。……「あ、面白かった。あんな空中戦たら滅多に見られないのに」と康子は正三に云った。正三は畳のない座敷で、ジイドの『一粒の麦もし死なずば』を読み耽《ふ》けっているのであった。アフリカの灼熱《しゃくねつ》のなかに展開される、青春と自我の、妖《あや》しげな図が、いつまでも彼の頭にこびりついていた。

 清二はこの街全体が助かるとも考えなかったが、川端に臨んだ自分の家は焼けないで欲しいといつも祈っていた。三次《みよし》町に疎開した二人の子供が無事でこの家に戻って来て、みんなでまた河遊びができる日を夢みるのであった。だが、そういう日が何時《いつ》
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