つたのか」
「いいえ、いいえ、愛人があつたところで、生きてゐることの切なさ、淋しさ、堪へきれなさは同じことで御座います」
 生きていることの切なさ、淋しさ、堪へきれなさ、それも彼には遠いところから聴く歌声のやうにおもへた。
「それではあなたはどうして僕に興味を持つたんです」
「それはあなたが淋しさうだつたから、とてもとても堪へきれない位、淋しさうな方だつたから」
 さう云ひながら、女は手袋を外して、手を彼の方へ差出した。
「生きてゐて下さい、生きて行つて下さい」
 彼が右の手を軽く握つたとき、女は祈るやうに囁いてゐた。



底本:「日本の原爆文学1」ほるぷ出版
   1983(昭和58)年8月1日初版第一刷発行
初出:「個性」
   1949(昭和24)年5、6月合併号
※連作「原爆以後」の6作目。
※底本の本文中に使われている《》の記号は、ルビを表す記号と重複しているため、〈〉に置き換えました。
入力:ジェラスガイ
校正:大野晋
2002年9月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作
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