つの夢を托しておきたかつたのだらうか。
あの家の二階の北側にある小さな窓からは、いつも漆黒の夜空が覗き込んでゐた。あの窓を開け立てするたびに発する微妙な軋みまで僕には外から覗き込んでゐるものと関連があるやうな気がしたものだ。死んだ姉はよく星のことを話してくれた。姉の眼のなかには深淵に脅えるものと憧れるものとが混りあつてゐたやうだ。しーんとした狭い部屋だつた。少年の僕にはその部屋の上の屋根をめくつて展がつてゐる無限の世界が、じーんと響いてきさうだつた。あの頃から何か不思議なものが僕を魅して僕を覗き込んでゐたのではないだらうか。……お前は知つてゐてくれるだらう。子供の僕がどのやうに烈しく美しいものに憧れたか。てんたう虫の翅の模様、桜桃の光沢、しやぼん玉に映る虹、そんなものを見ただけで、僕の魂はいきなり遠いところへ彷徨つて行つた。僕の眼は美しい色彩にみとれ、頭の芯まで茫としてゐた。子供の僕には美の秘密につつまれた世界だけが堪らなかつたのだ。(だから、僕がお前のなかに一番切実に見ようとしたのは、子供の時の郷愁だつたかもしれない。)
ときどき僕はこの街なかの雑沓のなかで、お前の幼年時代に似て
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