る死体を一つ一つ調べてみた。大概の死体が打伏《うつぶ》せになっているので、それを抱き起しては首実検するのであったが、どの女もどの女も変りはてた相をしていたが、しかし彼の妻ではなかった。しまいには方角違いの処まで、ふらふらと見て廻った。水槽の中に折重なって漬《つか》っている十あまりの死体もあった。河岸《かし》に懸っている梯子《はしご》に手をかけながら、その儘《まま》硬直している三つの死骸があった。バスを待つ行列の死骸は立ったまま、前の人の肩に爪を立てて死んでいた。郡部から家屋疎開の勤労奉仕に動員されて、全滅している群も見た。西練兵場の物凄《ものすご》さといったらなかった。そこは兵隊の死の山であった。しかし、どこにも妻の死骸はなかった。
 Nはいたるところの収容所を訪ね廻って、重傷者の顔を覗《のぞ》き込んだ。どの顔も悲惨のきわみではあったが、彼の妻の顔ではなかった。そうして、三日三晩、死体と火傷患者をうんざりするほど見てすごした挙句《あげく》、Nは最後にまた妻の勤め先である女学校の焼跡を訪れた。
[#地から2字上げ](昭和二十二年六月号『三田文学』)



底本:「夏の花・心願の国」新潮文
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