点]と喚《わめ》き、頭に手をやって立上った。嵐《あらし》のようなものの墜落する音のほかは真暗でなにもわからない。手探りで扉を開けると、縁側があった。その時まで、私はうわあ[#「うわあ」に傍点]という自分の声を、ざあーというもの音の中にはっきり耳にきき、眼が見えないので悶《もだ》えていた。しかし、縁側に出ると、間もなく薄らあかりの中に破壊された家屋が浮び出し、気持もはっきりして来た。
それはひどく厭《いや》な夢のなかの出来事に似ていた。最初、私の頭に一撃が加えられ眼が見えなくなった時、私は自分が斃《たお》れてはいないことを知った。それから、ひどく面倒なことになったと思い腹立たしかった。そして、うわあ[#「うわあ」に傍点]と叫んでいる自分の声が何だか別人の声のように耳にきこえた。しかし、あたりの様子が朧《おぼろ》ながら目に見えだして来ると、今度は惨劇の舞台の中に立っているような気持であった。たしか、こういう光景は映画などで見たことがある。濛々《もうもう》と煙る砂塵《さじん》のむこうに青い空間が見え、つづいてその空間の数が増えた。壁の脱落した処《ところ》や、思いがけない方向から明りが射《さ》して来る。畳の飛散った坐板の上をそろそろ歩いて行くと、向うから凄《す》さまじい勢で妹が駈《か》けつけて来た。
「やられなかった、やられなかったの、大丈夫」と妹は叫び、「眼から血が出ている、早く洗いなさい」と台所の流しに水道が出ていることを教えてくれた。
私は自分が全裸体でいることを気付いたので、「とにかく着るものはないか」と妹を顧ると、妹は壊れ残った押入からうまくパンツを取出してくれた。そこへ誰か奇妙な身振りで闖入《ちんにゅう》して来たものがあった。顔を血だらけにし、シャツ一枚の男は工場の人であったが、私の姿を見ると、「あなたは無事でよかったですな」と云い捨て、「電話、電話、電話をかけなきゃ」と呟《つぶや》きながら忙しそうに何処《どこ》かへ立去った。
到《いた》るところに隙間《すきま》が出来、建具も畳も散乱した家は、柱と閾《しきい》ばかりがはっきりと現れ、しばし奇異な沈黙をつづけていた。これがこの家の最後の姿らしかった。後で知ったところに依《よ》ると、この地域では大概の家がぺしゃんこに倒壊したらしいのに、この家は二階も墜ちず床もしっかりしていた。余程しっかりした普請《ふしん》だっ
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