どを歩く。ぺしやんこになつた建物の蔭からふと、「をぢさん」と喚く声がする。振返ると、顔を血だらけにした女が泣きながらこちらへ歩いて来る。「助けてえ」と彼女は脅えきつた相で一生懸命ついて来る。暫く行くと、路上に立はだかつて、「家が焼ける、家が焼ける」と子供のやうに泣喚いてゐる老女と出逢つた。煙は崩れた家屋のあちこちから立昇つてゐたが、急に焔の息が烈しく吹きまくつてゐるところへ来る。走つて、そこを過ぎると、道はまた平坦となり、そして栄橋の袂に私達は来てゐた。ここには避難者がぞくぞく蝟集してゐた。「元気な人はバケツで火を消せ」と誰かが橋の上に頑張つてゐる。私は泉邸の藪の方へ道をとり、そして、ここでKとははぐれてしまつた。
その竹藪は薙ぎ倒され、逃げて行く人の勢で、径が自然と拓かれてゐた。見上げる樹木もおほかた中空で削ぎとられてをり、川に添つた、この由緒ある名園も、今は傷だらけの姿であつた。ふと、灌木の側にだらりと豊かな肢体を投出して蹲つてゐる中年の婦人の顔があつた。魂の抜けはてたその顔は、見てゐるうちに何か感染しさうになるのであつた。こんな顔に出喰はしたのは、これがはじめてであつた。が、そ
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