の時にはレイヨンとして役に立つと今日国防館で教はったのだった。戦争! 戦争! 戦争! 何処かで飛行機の唸りが聞えるやうな気がした。芳子は夫の片手をぢっと握り締めて顔を枕に打伏せた。
誰かが部屋に侵入して来たらしかった。それはホテルのボーイの筈だったが、手にピストルを持ってゐる。芳子は父と一緒だから大丈夫だと思って父の方へ寄添はうとした。が、父は一向に平気で何ともしてくれない。ギャングは芳子には目もくれず父を狙ってゐた。あっ何とかして! と叫んでも父はぼんやりしてゐる。そのうちに気がつくと、父の筈の男は芳子の夫なのだ。しかも夫はぼんやりしてギャングのする儘にまかせてゐる。
ふと芳子は夫の声で目を覚した。
「どうしたのだ。」
「あ、怕かった。私何か云ってて。」
「何だか魘されてゐたよ。」
「あ、怕かった、賊が来た夢みたの。淋しい、淋しい……」芳子は夫の肩に手を掛けて顔を埋めた。夫は睡ってゐた筈なのにどうして目が覚めたのだらう。やはり夫も何か不安に襲はれて安眠は出来なかったのかしら――と芳子はさっきの訳の解らぬ不安をまた思ひ出した。
朝になると早くから街は騒がしくて、すぐに目が覚め
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