た。従妹の豊子から電話がかかって来た。芳子は今日の約束を思出すと何だか気が進まなかった。夫と一日別れてゐるのも不安だったが、昨夜以来神経がたかぶってゐるのも不安だった。何か不吉のことがありさうに思へた。が夫は商用で日本橋の方へ出掛けてしまった。そのうちに豊子もやって来た。
 二人は歩いて銀座の方へ向った。豊子は快活さうによく喋った。芳子は一昨日も来たことのあるデパートの食堂で鮨を食べた。雑沓のなかにゐながらも絶えず芳子の心は脅えた。デパートを出ると、急にピカリと稲妻が光った。と、大粒の雨がパラパラと降って来た。芳子の新しいショールに雨は遠慮なく注いだ。が芳子は吻とした様に爽快な気持で急には雨を避けたくなかった。



底本:「普及版 原民喜全集第一巻」芳賀書店
   1966(昭和41)年2月15日
入力:蒋龍
校正:小林繁雄
2009年8月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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