Bこれは転んでも、怪我はなかったということを、みんなに知ってもらうためでした。
 そのとき、主人の隣りに坐っていた、一番下の息子で、まだ十ばかりのいたずら児が、私の方へ手を伸したかとおもうと、いきなり、私の両足をつかまえ、宙に高くぶら下げました。私は手も足も、ブル/\ふるえつゞけました。しかし、主人は息子の手から、私を取り上げ、同時に彼の左の耳をピシャリと殴りつけました。それは、ヨーロッパの騎兵なら、六十人ぐらい叩きつけてしまいそうな殴り方でした。それから主人は息子に、向うへ行ってしまえ、と命令するのでした。
 しかし私は、この子供に怨まれはしないかと、心配でした。私はイギリスの子供たちも、雀や、兎や、小猫や、小犬に、よくいたずらをするのを知っています。そこで、私は主人の前にひざまずいてその息子を指さしながら、どうか、許してあげてください、と手まねで、私の気持を伝えました。私は息子のところへ行き、その手にキスしました。主人はその息子の手を取って、私をやさしくなでさせました。
 ちょうどこの食事の最中に、細君の飼っている猫がやって来て、細君の膝の上に跳び上りました。私はすぐ後の方で、何か
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