ュ思えました。はじめの男が何か言いつけると、彼等は私の隠れている畑を刈りだしました。
 私は、できるだけ遠くへ逃げようとしましたが、この逃げ路が、なか/\難儀でした。なにしろ、株と株との間が一フィートしかないところもあります。これでは、私の身体でも、なか/\通りにくいのでした。どうにかこうにか進んでいるうちに、麦が風雨で倒れてしまっているところへ出ました。もう、私は一歩も前進できません。茎がいくつも絡み合っていて、潜り抜けることもできないし、倒れた麦の穂先は、ナイフのように尖っていて、それが、洋服ごしに、私の身体を突き刺しそうなのです。
 そうこうしているうちに、鎌の音は、百ヤードとない後から、近づいて来ます。私はすっかり、へたばって、もう立っている力もなくなりました。畝《うね》と畝との間に横になると、いっそ、このまゝ死んでしまいたい、と思いました。私は、残してきた妻や子供たちのことが、眼に浮んできました。みんながとめるのもきかないで、航海に出たのが、今になって無念でした。ふと、私はリリパットのことも思い出しました。あの国の住民たちは、この私を、驚くべき怪物として、尊敬してくれたし、あ
前へ 次へ
全249ページ中75ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング