ス。そのときから、私はもう、猫や犬を怖がらなくなりました。犬も、この家には、三四頭ばかりいたのです。それが部屋の中に入って来ても、私は平気でした。一匹はマスティフで、大きさは象の四倍ぐらいありました。もう一匹は、グレイハウンドで、これはとても背の高い犬でした。
 食事がしまい頃になると、乳母が赤ん坊を抱いてやって来ました。赤ん坊は、私を見つけると、玩具に欲しがって、泣きだしました。その赤ん坊の泣声は、なんとももの凄い声でした。母親は私をつまみ上げて、赤ん坊の傍に置きました。赤ん坊は、いきなり、私の腰のあたりを引っつかんで、頭を口の中に持ってゆきました。私がワッと大声でうめくと、赤ん坊はびっくりして、手を離します。そのとき細君が前掛をひろげて、うまく受けてくれたので、私は助かりました。でなかったら、首の骨ぐらい折れたでしょう。
 乳母はガラ/\を持って来て、赤ん坊の機嫌をとろうとしました。そのガラ/\というのは、空鑵に大きな石を詰めたようなもので、それを綱で子供の腰に結びつけるのでした。でも、赤ん坊はまだ泣きつゞけていました。それで、とう/\乳母は胸をひろげて、乳房を出し、赤ん坊の口に持ってゆきました。私はその乳房を見て、びっくりしました。
 大きさといゝ、形といゝ、色合いといゝ、とても気味の悪いものでした。なにしろ、六フィートも突き出ているので、まわりは十六フィートぐらいあるでしょう。乳首だって、私の頭の半分ぐらいあります。それに、乳房全体が、あざ[#「あざ」に傍点]やら、そばかす[#「そばかす」に傍点]やら、おでき[#「おでき」に傍点]やらで、しみ[#「しみ」に傍点]だらけなのです。見ていると、気持が悪くなるくらいでした。乳母は乳を飲ましいゝような姿勢で、赤ん坊を抱いていますが、私はテーブルの上にいるので、その乳房はすぐ目の前にはっきりと見えるのでした。
 それで私はふと、こんなことがわかりました。イギリスの女が美しく見えるのは、それは私たちと身体の大きさが同じだからなのでしょう。もし虫眼鏡でのぞいて見れば、どんな美しい顔にも凸凹やしみ[#「しみ」に傍点]が見えるにちがいありません。
 そういえば、リリパットに私がいた頃、あの小人たちの肌の色は、とても美しかったのを、私はよくおぼえています。リリパットの友達も、この私の顔が、小人の目から見ると、どんなに見えるか、教えてくれたことがあります。私の顔は、地上からはるかに見上げている方が、美しいそうです。私の掌に乗せられて、近くで見ると、私の顔は大きな孔だらけで、髯の根はいのしゝ[#「いのしゝ」に傍点]の毛の十倍ぐらいも堅そうで、顔の色の気味の悪いことゝいったらないそうです。
 ところで、いまこのテーブルに坐っている巨人たちは、なにも片輪などではないのです。顔だちはみんなよくとゝのっていました。ことに主人など、私が六十フィートの高さから眺めてみると、なかなか立派な顔つきでした。
 食事がすむと、主人は仕事に出かけて行きました。彼は細君に、私の面倒をみてやれ、と命令しているようでした。その声や身振りで、私にはそれがわかったのです。私は大へん疲れて、睡くなりました。すると細君は、私の睡そうな顔に気がつき、自分のベッドに寝かして、綺麗な白いハンカチを私の上にかけてくれました。ハンカチといっても、軍艦の帆よりまだ大きいくらいで、ゴツ/\していました。
 私は二時間ばかりも眠りました。私は国へ帰って妻子と一しょに暮している夢をみていました。ふと目がさめて、あたりを見まわすと、私は、広さ二三百フィート、高さ二百フィート以上もある、がらんとした、大きな部屋に、たった一人、幅二十ヤードもある大きなベッドで、寝ているのに気がつきました。すると、私はなんだか悲しくなってしまいました。
 細君は家事の用で外に出て行ったらしく、姿が見えません。私は錠をおろした部屋に、一人、とじこめられているのです。このベッドは床から八ヤードもあります。私は下へおりたかったのですが、声を出して叫ぶ元気もなくなっていました。しかし、たとえ呼んでみても、とても私の声では、この部屋から家族のいる台所までは、とゞかなかったでしょう。
 ところが、そのとき、鼠が二匹、ベッドの帷《とばり》をのぼって来ると、ベッドの上をあちこち嗅ぎまわって、ちょろ/\走り出しました。一匹などは、も少しで、私の顔に這《は》いのぼろうとしたのです。私はびっくりして跳び起きると、短剣を抜いて、身構えました。だが、この恐ろしい獣どもは、左右からドタ/\とおそいかゝって来て、とう/\、一匹は私の襟首に足をかけました。しかし、私は幸運にも、彼に噛みつかれる前に、彼の腹に、プスリと短剣を突き刺していました。
 たちまち、彼は私の足許に倒れてしまいました。もう一匹の方
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