トいました。三匹は首のところを丈夫な紐でくゝられ、柱につながれたまゝ、食物を左右の前足でつかんでは、歯で引き裂いています。
主人の馬は、召使の馬に命じて、この動物の中から一番大きい奴を、取りはずして、庭の中へつれて来させました。私とこの動物とは、一ところに並んで立たされました。それから主人と召使の二人は、私たちの顔をじっとよく見くらべていましたが、そのときもまたしきりに「ヤーフ」という言葉が繰り返されたのです。
私はそばにいるいやらしい動物が、そっくり人間の恰好をしているのに気がついて、びっくりしました。この動物は顔が人間より少し平たく、鼻は落ち込んでいて、唇が厚く、口は広く割れています。だが、これくらいの違いなら、野蛮人にだってあるはずです。ヤーフの前足は、私の前足より、爪が長くて掌がゴツ/\していて、色が違っています。とにかく、この動物は人間より毛深くて、皮膚の色が少し変っているだけで、あとは身体中すっかり人間と同じことです。
だが、二匹の馬には、私が洋服を着ているので、ヤーフとは違っているように思えたのです。この洋服というものを、馬はまるで知っていないので、彼等にはどうも合点がゆかないのでした。
ふと栗毛の子馬が、木の根っこを一本、私の方へ差し出してくれました。私は手に取って、ちょっと臭を嗅いでみましたが、すぐていねいに返してやりました。すると、彼は今度はヤーフの小屋から、驢馬の肉を一きれ持って来てくれました。これは臭くてたまらないので、私は顔をそむけてしまいました。しかし彼がそれをヤーフに投げてやると、ヤーフはおいしそうに食べてしまいました。
その次には乾草を一束とからす[#「からす」に傍点]麦を私に見せてくれました。しかし、私はどちらも自分の食物ではないと、首を振ってみせました。私はもしこれで同じ人間に出会わなかったら、いずれ餓死するのではないかと心配になりました。
すると、このとき、主人の馬は蹄を口許へ持って行って、私に、どんなものが食べたいかというような身振りをしました。だが、なにしろ私は相手にわかるように返事ができませんでした。
ところが、ちょうどいゝことに、いま表を一匹の牝牛が通りかゝりました。そこで、私はそれを指さしながら、ひとつ牛乳をしぼらせてくれという身振りをしました。これが相手にもわかったのです。彼は私を家の中へつれて帰ると、たくさんの牛乳が器に入れて、きちんと綺麗に並べてある部屋へつれて行きました。そして、大きな茶碗に牛乳を一ぱい注いでくれました。私はグッと一息に飲みほすと、はじめて生き返ったような気持がしました。
正午頃、一台の車が四人のヤーフに引かれて、家の前に着きました。車の上には身分のいゝ老馬が乗っていました。彼は非常にていねいに迎えられて、一番いゝ部屋で食事することになりました。部屋の真中に秣草桶を円《まる》く並べ、みんなはそのまわりに、藁蒲団を敷き、尻餠をついたように、その上に坐るのでした。そして、馬どもは、それ/″\、自分の乾草やからす[#「からす」に傍点]麦と牛乳の煮込みなどを、行儀よくきちんと食べるのでした。
子馬でも非常に行儀がいゝのです。特に、お客をもてなす主人夫妻のやり方は、気持のいゝものでした。ふとそのとき、青毛が私を招いて、こちらへ来て立て、と命じました。
客たちは、しきりに私の方を見ては、『ヤーフ』という言葉を言っています。これは、私のことを今いろ/\話し合っているのでしょう。
彼等は私に、知っている言葉を言ってみよと言いました。そして、主人は食卓のまわりにあるからす[#「からす」に傍点]麦、牛乳、火、水などの名前を教えてくれました。私はすぐ彼のあとについて言えるようになりました。
食事がすむと、主人の馬は私を脇へ呼びました。そして言葉やら身振りで、私の食物がないのが、とても心配だと言います。私はそこで、
「フルウン、フルウン」
と呼んでみました。『フルウン』というのは、『からす麦』のことです。はじめ私はからす[#「からす」に傍点]麦など、とても食べられそうになかったのですが、これでなんとか、パンのようなものをこさえようと考えついたのです。
すると主人は、木の盆にからす[#「からす」に傍点]麦をどっさり載せて持って来ました。私はこれを、はじめ火でよく暖めて、もんで殻を取り、それから石で擂《す》りつぶし、水を混ぜて、お菓子のようにして火で焼いて、牛乳と一しょに食べました。
これははじめは、とても、まずくて食べにくかったのですが、そのうちに、どうにか我慢できました。私は、たまには、兎や鳥を獲って食べたり、薬草を集めてサラダにして食べました。はじめ頃は塩がないので、私は大へん困りました。が、それも慣れてしまうと、あまり不自由ではなかったのです。
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