ト、路を歩いて行きました。この路を行けば、いずれどこかインド人の小屋へでも来るかと思っていました。だが、しばらく行くと、私はさっきの動物が真正面から、こちらへ向ってやって来るのに出くわしました。このみにくい動物は、私の姿を見ると、顔をさま/″\にゆがめていました。と思うと、今度はまるではじめての物を見るように、目を見張ります。そして、いきなり近づいて来ると、何のつもりか、片方の前足を振り上げました。
 私は短剣を抜くと、一つなぐりつけてやりました。が、実は刃の方では打たなかったのです。というのは、私がこの家畜を傷つけたということが、あとで住民たちにわかると、うるさいからです。
 私になぐりつけられて、相手は思わず尻込みしましたが、同時に途方もない唸り声をあげました。すると、たちまち隣りの畑から、四十匹ばかりの仲間が、もの凄い顔をして吠えつゞけながら集って来ました。私は、一本の木の幹に駈け寄り、幹を後楯にして、短剣を振りまわしながら彼等を防ぎました。すると、二三匹の奴等がヒラリと木の上に躍り上ると、そこから私の頭の上に、ジャー/\と汚いものをやりだします。私は幹にピッタリ身を寄せて、うまく除けていましたが、あたり一めんに落ちて来る汚いものゝために、まるで息がふさがりそうでした。
 こんなふうに困っている最中、私は急に彼等がちり/″\になって逃げて行くのを見ました。どうしてあんなに驚いて逃げ出すのか、不思議に思いながら、私も木から離れ、もとの道を歩きだしました。
 そのとき、ふと左の方を見ると、馬が一匹、畑の中をゆっくり歩いて来るのです。さっきの動物どもは、この馬の姿を見て逃げ出したのでした。
 馬は私を見ると、はじめちょっと驚いた様子でしたが、すぐ落ち着いた顔つきに返って、いかにも不思議そうに私の顔を眺めだしました。それから私のまわりを五六回ぐる/\廻って、私の手や足をしきりに見ています。
 私が歩きだそうとすると、馬は私の前に立ちふさがりました。しかし、馬はおとなしい顔つきで、ちょっとも手荒なことをしそうな様子はありません。しばらく私たちは、お互に相手をじっと見合っていました。とう/\私は思いきって片手を伸しました。そして、この馬を馴らすつもりで、口笛を吹きながら首のあたりをなでてやりました。
 ところが、この馬は、そんなことはしてもらいたくないというような顔つきで、首を振り眉をしかめ、静かに右の前足を上げて、私の手を払いのけました。それから、馬は二三度いなゝきましたが、なんだかそれは独言でも言っているような、変ったいなゝき方でした。
 すると、そこへもう一匹、馬がやって来ました。この馬はなにかひどく偉そうな様子で、前の馬に話しかけました。それから、二匹とも、静かに右足の蹄《ひづめ》を打ち合せると、代る/″\五六度いなゝきました。だが、そのいなゝき方は、これはどうも、普通の馬の声ではないようです。それから、彼等は私から五六歩離れたところを、二匹が並んで行ったり来たりします。それは、ちょうど、人間が何か大切な相談をするときの様子とよく似ています。そして、彼等はとき/″\私の方を振り向いて、私が逃げ出しはしないかと、見張っているようでした。
 私は動物がこんな賢い様子をしているのを見て、大へん驚きました。馬でさえこんなに賢いのならこの国の人間はどんなでしょう。たぶんこゝには、世界中で一番賢い人たちが住んでいるのでしょう。そう思うと、私は早く家か村でも見つけて、誰かこの国の人間に会ってみたくなりました。それで、私は勝手に歩いて行こうとしました。
 そのとき、はじめの馬が、私の後から、「ちょっと待て」というようにいなゝきました。なんだか私は呼びとめられたような気がしたので、思わず引き返しました。そして、彼のそばへのこ/\近づいて行きました。一たい、これはどうなるのか、実はそろ/\心配でしたが、私は平気そうな顔つきでいました。
 二匹の馬は、一匹は青毛で、もう一匹は栗毛でしたが、彼等は私の顔と両手をしきりに見ていました。そのうちに、青毛の馬が前足の蹄で、私の帽子をグル/\なでまわしました。帽子がすっかりゆがんだので、私は一度脱いで、かむりなおしました。これを見て、彼等はひどくびっくりしたようでした。今度は栗毛の馬が私の上衣に触ってみました。そして何か不思議そうに驚いています。それから彼は私の右手をなで、ひどく感心している様子でしたが、蹄《ひづめ》に挟《はさ》まれて手が痛くなったので、私は思わず大声をたてました。そうすると、彼等は用心しながら、そっと、触ってくれるようになりました。彼等は、私の靴と靴下が、いかにも不思議でならないらしく、何度も触っては互にいなゝき合いました。そして、しきりに何か考え込むような顔つきをしていました。
 こんな
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